お引越しを機に「物」と「自分」と向き合うの巻



人は「環境の生き物」



「環境」は「思考・行動・結果」などに大きく影響するものだと、いろんな場面で感じてきた。


特に教育者として現場で過ごす中で、その大切さを改めて。


環境は大事。
周りにある「物」や「場所」はもちろん、
どんな「人」が周りにいるのか、どんな人と関わっているのか。



自分の周りの「物」や「場所」は他の環境と比べても、すぐに変えやすい。


転職を機に、住む場所を変えることにした!



〇〇な物とは、お別れします。


引越しとなれば強制的に、家の中の「物」を全部、外に出すことになる。

これが引越しをしたい理由の一つでもある。

こうでもしないと本当に必要な物なのか、いつまでもあやふやにしてしまう気がする。




引越し、荷造り。
「かもしれない」「思い出だから」「まだいける」の思考のもと、この家で長年ともに過ごしてきた様々な「物」たちと、今回こそは正面切って向き合う機会となる。




これまで何度も「断捨離」を実行してきた。


最近では、教員をやめてすぐに実行した。
ゴミ袋、8袋分の物たちとのお別れとなった。



それでも「使ってない」のに、生き残った物たちがいる。

前回の片付け時、ただ綺麗に収納できたことに喜びを感じ、姿が見えなくなっていた「存在自体忘れられていた物」たちは、今回見つかった瞬間に、サヨナラ。

もう彼らに「かもしれない」「まだいける」はない。

新品未開封の状態で、サヨナラ、されたものもいる。

彼らですら「かもしれない」を発動させてはならない。

断捨離において、
「かもしれない」は「かもしれない」以上にはならない。

その時はやってこないのだ。




お別れの決断は難しい


姿はほとんど見ないけど、
存在を忘れられないものが2つある。

一つは、
中学・高校のときに親に買ってもらった「硬式グラブ2個」
硬式グラブって高い。それを買ってもらった。
そして、とにかく思い出の塊。
自分の成長を支えてくれた物。

もう一つは、
「数年間分のスケジュール帳」
1つ手にとって読み出すとあっという間に時が流れる。
こんなことあった〜。悩んでた〜。
あんときは緊張した〜。嬉しかった〜。など
喜びや葛藤を綴ってきた。
自分の成長を記録した物。

どちらも思いが半端じゃない。


この2つは最後まで悩むと思う。



思い出は消えない


他に捨てにくいものといえば「手紙」がある。
が、
今までの断捨離において、ほとんど捨てた。
(けっこう物とのお別れは得意です)
(一応、写真かスキャンはした、はず)


※退職の時に生徒一人から一つずつもらった手紙は宝物レベルのため、断捨離候補にすらあがっていない⭐︎これは読み返すと自分を勇気づけてくれる物になってるので堂々と持っておく⭐︎


ということで、
悩みの2つと、お手紙約40通、以外で「使っていない物」とはお別れする予定です。



なんとなくの「当たり前」を捨てられるか


それでも「常識」というか「当たり前」のように必要だと思っていた物も捨てにくい。

自分にとってのそれは「テレビ」

ゆっくりテレビを見る時間がなくなったり、録画したものはiPadで見れるようになってからほとんど使ってない「テレビ」



引越し先を探し始めた頃、
テレビのコンセントを抜いてみた。

それから3週間ほど、
一度もコンセントさしてない。



テレビもお別れかな。

テレビ見るとき座るリクライニングチェアも同じくらい座ってない。


どちらも高かったし、買ってから2年も経ってないし、誰か来た時とかスポーツ観る時とかやっぱテレビあった方がいい、とか思うけど、今の自分は実際使ってない。
サヨナラ、かな。




何でも捨てずに持ってると
何が自分にとって本当に大事なのか
見えにくくなる気がする。


大事にしたいものに、お金と時間と自分をかけていきたい。
だからお別れの決断をする。



出会いがあれば、別れは必ず来る。
しっかり向き合おう。サヨナラのときだ。






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