人に優しくなれる、心がきつくなったときに思い出す話。


※ここでいう「人」は「自分」も含みます。




人を見るときの視点ってたくさんあると思う。


私は、その人が「何をしているか」や「何を成し遂げたか」という行動や結果をもとに、その人を見てしまうことがある。



だけど、そこばかりを見ていると、だんだんキツくなってくる。

なんかキツいなって、気付いた時には、そういう視点で人を見てしまっている、と言った方が正確か。






じゃあ何を大切に見るのか。

それは「存在」です。



その人(自分)が、今ここに、存在するだけでいい。

別に、頑張らなくてもいい。
別に、何かを成し遂げなくてもいい。



まずはそこを出発点として、いろんな物事を見ていきたい。





「存在」を大切に思うとは



こんな例え話がある。




まず、あなたが大切に思う人を頭に浮かべてください。

ここではその人を「Aさん」としますね。







「Aさんが事故に遭ったって!」
「詳しい状況は分からないけど、近くの〇〇病院にいるらしいから、私たちも行こう!」








考えたくはないけど、こんな状況になったとき、
私たちは何を望むのでしょう。








Aさんが無事でいてほしい。

Aさんの笑顔が見れたらそれでいい。









今、こうして想像するだけで胸が苦しくなりますが、、、



その人が無事でいてくれればいいって思うんじゃないかな。

その人が何をしているのか、なんて考えない。

「行動」レベルじゃなくて「存在」レベルで、その人をおもう。





なのに、私は普段、その人がどんな「行動」をとってるから「良い」とか「悪い」なんて考えてしまっている。大切に思う人でさえ、慣れてしまってそういう態度をとってしまうこともある。


でも、本当は
いてくれるだけで幸せなんだ。






自分のことを考えてくれている人は必ずいる




これを自分に置き換えて考える。
自分にも、きっと大切に思ってくれている人がいる。



もしかしたらその人から
普段はいろいろ言われたりするかもしれないけど、
何かあったときには自分のことのように心配してくれる人がいる。




そう考えたら
そんなに頑張らなくてもいい。
上手くいかなくてもいいんだ。
なにかをしてなくてもいい。


きつくなったら、
「マジできついんじゃーこの野郎!ふざけんなよ!」
って叫びたい。





人に接するときは、まず会えてよかった。






あたたかい思いが体にあふれてきたら、自然と、重かった体も軽くなって、行動したくなったりするもんだ。
特に、心がきつい時は無理しちゃダメだ。他の人には優しくできるのに、自分という人には優しくできない。


甘えとは違うと思う。
自分に合った方法で、自分の心を元気にしてあげたらいいと思う。







毎日に余裕がないとこんなことを思う隙間が見つからないときもあるけど、なんかキツいって思ったら、もっかい思い出せ自分!




大切な私の存在。







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