教員をやめて気付けたこと「お金編」

教員として



教員をやめて、気付けたことがある。

それは「お金を何に使うかは、自分が何を大切にしたいか」ということ。





計画練り直し通知




教員を辞めて、1ヶ月経った頃、3通のお手紙が来ました。


一つは、国民年金。
毎月、約2万円だよ。

一つは、国民健康保険料。
毎月、約5万円かかるよ。

一つは、市県民税。
3ヶ月に一度、約7万円払ってね。






え??






税金や保険料ってそんなに払わないかんの?
今まで毎月そんなに払ってたん?

教員時代にあった家賃補助、毎月約2万円、も今後はなくなるし、、、


毎月約−10万円の大誤算!!!


おいおい、やべーぞこれ。
しばらくゆったりまったり生活計画は?今後どうなるんだ・・・




お金について知らないことが多すぎた


10年近く、公務員として働いてきた。
仕事が順調でも、そうでなくても、残業時間が100時間超えるくらい働いても、夏休みの1ヶ月間あんまり働かなくても、毎月決まった給料をもらっていた。年齢を重ねるにつれて、少しずつだけど給料も上がっていたし、正規採用されてからお金のことを考えることはほとんどなかった。






市役所にかけこみ、いろいろと教えてもらった。
去年一年間でどれくらい税金を払っていたのか。なぜ市県民税や国民健康保険料はこの金額になっているのか。前年度の収入で決まる税金。年収が下がると税金の減額などの措置もある。など


「今までお金について何も知らなかった自分」を知ることができた。

特にびっくりしたのは、税金などで1年間で200万円近く引き落としされていたこと。払っている感覚がなかったから、退職する時には計算に入れてなかったな。




まぁとにかく大ピンチ!!!
しばらくは働かず、、、と考えていた私の計画は、教員辞めて1ヶ月で「すべて練り直し」となりました。





予定よりだいーーぶ早いけど、
バイト始めるか!






アルバイト。時給1000円



最初にはじめたのは
「プロ野球のボールボーイ」

※その前に数日だけ行った「引っ越しのバイト」でのことはこちら
お引越しバイトにて、感動の再会、心が元気になった話。




プロ野球のボールボーイ。
実はずっと、やってみたかった。プロと同じグラウンドに立ち、目の前でプロのプレーを見ることができる。仕事をしながらも、そんな経験できるって最高じゃん、楽しそって、野球観戦行くたびに思ってた。

※実際にやってみて感じたことはこちら
(プロ野球のボールボーイやってみて分かったこと↓)




野球の試合の運営補助だから、◯時◯分、と決まった時間に仕事が終わることはない。特に、ナイターゲーム(夕方からの試合)の日は、ほとんど残業になる。試合が終わり、選手が帰ってからもグラウンド整備や次の日の練習準備をする。朝7時に家を出て、遅い日は帰りが23時を過ぎていた。

でも、残業代が出る。しかも残業時間は時給が1250円になる。22時以降はそこからさらに時給が25%UPする。分単位で「働いている」ということを実感していく。
その部署には朝礼と「終礼」がある。今日の仕事はこれで終わりという区切り。久々に感じる感覚。大学生以来かな。試合がない日、雨で試合中止になった日は、定時より早く上がる。ただ、早く終わった時間分、その日の稼ぎは減る。


これが時給で「働く」ということか。教員時代にはほとんど忘れていた「労働者」としての感覚。時間の持つ価値。





自分は、5時間働いてでも、それが欲しいのか?




飲み会に参加する。5000円は必要だ。
今までは深く考えずに、スケジュール的に行けるならとりあえず参加していた。喜んで行くこともあった。せっかく誘ってくれたし、断わるのもなーって思って参加することもあった。半分仕事みたいなもんやけん基本参加で!みたいな会もあった。自分の気持ちとしっかり相談することはなく「行きます」と返事をしていた。

時給で働く今、5000円必要な会に参加するには、5時間働く必要がある、という1時間1000円の判断基準ができた。返事をする前に、一度立ち止まって「その会に5時間働いてでも参加したいと思うのか」考える。本当に自分は行きたいのか。周りがどうとか、一旦置いといて、、

こうやって自分とお金としっかり向き合う機会を得られたのは、教員を辞め、お金のことをちゃんと考える時間が持てたからだと思う。今後は安定的にお金は入らない。
そして
貯金もない。(これはただただ反省。なんしてたん。笑)

本当は断りたい、のかもしれない会のために、おれは働くのか??
(働くことでいろんな経験ができるとか、お金以外に得られることもたくさんあるけど、そういうことは今回そっと置いときます。)

飲み会以外でも、自分の中で判断基準が整っていく。
例えば買い物。今買おうとしているものは、それだけの時間働いてでも欲しいと思う物なのか。そこまでの時間をかけてでも必要な物なのか。5千円の物なら5時間、2万円の物なら朝から晩まで丸2日間働いてやっと買うことができる。その物のために、それだけの時間を使うことになる。それだけの価値が自分の中にちゃんとあるのか。なんか欲しい、流行ってる、周りが持ってる、よく見られたい、買い物すること自体が目的になってる(買ってスッキリするだけみたいな)、そういうことに動かされてるだけやないのか、考える。



考え方は、変えることができる。


今までけっこう適当にお金と時間を使ってたんだな、と思う。
あんまり気が乗らなくても参加してた会があったり、なんか新しい服欲しいなーって出かけて、ちょっと高いけど試着したら良い感じだったしって買って、今ならこれ3割引だからってついでにもう1着買って、、結局あまり着なかったり。

今はだいぶ、自分の意志で、お金を使えるようになってきた。
本当に会いたいと思う人に会うためにお金を使う。自分が価値があると思うことにお金を使う。誘われて、迷ったとき、たぶん、本当は行きたくないと思ってるんだ、って自分の気持ちをちゃんと見てあげて、断ることができるようにもなってきた。自分の気持ちに素直になれている感覚がある。

お金を何に使うかは、自分が何を大切にするのか。
お金を大事に使うことで、自分の気持ちも大事にできるようになっていっている。これからさらに、大事なものを、より大事にしていくことができそうだ。ワクワク。








今回は以上!!





しかし
「教員やめて気付けたこと」シリーズはまだまだ続く!




ありがとうございました。

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